大判例

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東京高等裁判所 昭和46年(う)1183号 判決 1971年10月25日

被告人 鈴木義光

主文

原判決を破棄する。

被告人は、無罪。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人鈴木義広作成名義の控訴趣意書に記載してあるとおりであるから、これを引用し、これに対して当裁判所は、つぎのとおり判断する。

論旨は、原判決の事実誤認、法令適用の誤りを主張するもので、その理由の骨子とするところは、以下のとおりである。すなわち、原判決は、被告人の本件過失として、「……交差点は左右の見通しが困難であつたから、一時停止または徐行して、左右道路の交通の安全を確認すべき注意義務があるのに、左方の安全を確認せず、時速約四〇キロメートルで進行した業務上の過失……」であると認定し、さらに、(弁護人の主張に対する判断)の項において、被告車の進行道路は、これと交差する相手方梅田車の進行道路と比較し、幅員、見通し状況等の点で、道路交通法(以下、単に法という。)三六条二項にいう「道路の幅員が明らかに広いものであるとき」には当たらず、かえつて、交差点の左右の見通しが困難であつたから、法四二条により原判示のような注意義務が課せられるものであるとしているところ、交差する一方の道路が他方の道路に比して明らかに広いか否かは、道路の幅員、交通の繁閑、通行者の種類、道路の形状、道路の幹支線の状態、道路両側の建物および物件その他諸般の状況により、一般運転者が一見していずれが広いかを認識しうるかという観点から定められるべきで、右観点からすれば、被告車進行道路の方が梅田車進行道路より明らかに広いものであるから、原判決は被告人に優先通行権があることを認めなかつた点において、事実の誤認を冒し、かつ、被告人としては、右優先通行権に基づき梅田車の方で一時停止または徐行して被告車に衝突するようなことはあるまいと信頼していたのであり、しかも当時の状況上被告人がかように信頼していたことは相当であるので、被告人には業務上の過失はなく、本件事故は全く一方的に梅田車の一時停止ないし徐行義務違反、さらには高速度運転によるものであるから、被告人に原判示過失があるものとした原判決は、法三六条二項、三項、四二条、ひいて刑法二一一条の解釈適用をも誤つたものであるというものである。

そこで、右所論にかんがみ、本件記録を精査、検討し、かつ、当審における事実取調の結果をも参酌して審案するに、まず、本件事故現場の位置、状況については、原判決が、すでに(弁護人の主張に対する判断)の項において、詳細説示しているところで、論旨に対する判断に必要なかぎりにおいて引用し、かつ、敷衍すると、本件事故の発生した交差点は、交通整理の行なわれていない交差点で、被告車進行道路は、舗装され、平坦で、幅員は約七・二メートルであり、センターラインが敷かれ交通量は頻繁であり、梅田車進行道路は舗装され、平坦で、幅員は約六・七メートルであることが明らかで、しかも本件交差点を越えた東方の道路の方は、約五・一メートルとさらに狭くなつていることが認められる。そして、原判決は、右各道路の幅員の差が以上のとおり、〇・五メートルに過ぎないこと、被告車、梅田車相互の見とおしが、それぞれ、交差点直近地点にまで進出しなければ、相手車の発見ができない程悪いこと等、外観的な道路の広狭を、広路優先を定める標準とすべきであるとの見地に立ち、被告人が法三六条二項により、優先通行権を有するとの弁護人の主張を排斥しているところであるが、当裁判所としても、関係証拠、さらには関連判例を慎重、かつ、仔細に対比、検討した結果、原裁判所の右結論はこれを支持すべきものと考える。しかしながら、このことは、被告人が法四二条にいう「交通整理の行なわれていない交差点で左右の見とおしのきかないもの……においては、徐行しなければならない」とする義務違反を問われる余地があるというにとどまるものであつて、本件事故につき、直ちに刑法二一一条の刑事責任を負うべきものとの結論に至るものではなく、この点においては、当裁判所は、原裁判所とは見解を異にするものである。原判決は、被告人には法四二条による徐行義務違反があり、梅田にも一時停止等をしなかつた過失があり、本件事故は両者の過失の競合により発生したものであるし、本件道路の状況上、被告人には、いわゆる信頼の原則を認める余地は存しないとして、被告人に対し業務上過失傷害の刑事責任を負わしているのであるが、まず、被告車進行道路の方が法三六条二項にいう「優先道路又は広路」ではないにしても、かつて、本件現場附近に二年間程住んだことがあり、自動車で何回も現場附近を通つたことがある被告人としては(当審公判廷における被告人の供述による。)、自車の進行道路の方が梅田車進行道路に比し、道路の幅員、その他の状況、沿道家屋の種類、戸数、交通量の多寡、とくに相手方道路には白い停止線の標示があること等の関係から、いわゆる優先道路に匹敵するものと考えていたとしても、まことに無理からぬところといわなければならず、従つて、被告人が交差道路から進入する車輛の方に避譲を期待し、本件場所を、原判示のとおり、制限速度の時速約四〇キロメートルの侭通過進行しようとしたからといつて、本件事故発生につき一半の責を負うべきものとは直ちにいいがたいところであると考える。さらに又、梅田車の本件交差点進入前および進入時の状況について考察すると、原審における被告人側(上利三郎)、梅田側(梅田光則、濃野裕)の各証人の証言が彼此、矛盾撞着していて、真相把握には困難を感ずるところであるが、これらを仔細に検討してみると、まず、梅田が本件道路を通つたのは、この事故のときが初めてであり、かつ、梅田車には、助手席に濃野裕、後部座席に都築某の二名が同乗しており、少くとも濃野は当時相当飲酒酩酊しており、そのためもあつて、梅田が交替運転していたのであるが、当の梅田自身も濃野らと飲酒していた事実が存すること、本件事故発生後、被告人も本件被害者である同乗者の上利三郎も受傷して車内に倒れていたところ、五分間位して梅田車側の連中が現われ、被告人の詰問に遭つて梅田が運転していたこと、ビールを飲んでいたことが判明したこと等はいずれも動かしがたいところであると考えられるが、梅田のこの飲酒等の点は暫く措くとして、進入の速度等につき焦点を合わせてみると、梅田証人は、本件交差点進入前には時速約三〇キロメートル位で走行しており、濃野から一時停止線があるから「止まれよ」と言われたが、徐行でよいだろうと思い、停止することなく、時速約一〇キロメートル位におとし、最初に右方、次いで左方を見て前進したところ、被告車と衝突したというのであるが、梅田車の衝突時の右速度の点については、関係証拠により明らかな、両者の衝突部位、衝突後の停車位置等の関係からしても、たやすく措置しがたいところであり、とくに、証人上利、同梅田の各証言、就中、梅田証人の再尋問の結果、被告人の原審供述等を総合考察すると、梅田は一旦減速ないし徐行したものの、濃野の新車を代つて運転していたので、ブレーキをアクセルと踏み違え、相当の高速で飛び出し被告車に衝突したとみられる節もあり(梅田証人は、本件事故の原因はもつぱら被告車にあるとして、第一回の証人尋問における検察官の被告車の速度にかかる尋問に対しても、「五〇粁か六〇粁位は出ていたと思います」と答えているところがあるが、検察官からすかさず「それなら、鈴木の車の横腹にぶつかるわけはないのではないですか」と反問されている位であつて、措信しがたい部分が少くないところである。)、梅田車のかような交差点進入方法にもかんがみると、被告人において制限時速四〇キロメートルから多少の減速徐行をしたからといつて、とうてい本件事故を避けることはできなかつたものと認めるのが相当である。

これを要するに、本件被告人に原判示のような注意義務違反があり、かつ、その違反が本件事故の発生と因果関係があるものとすることは、失当であるといわざるを得ないのであつて、結局原判決には、証拠の評価、判断を誤つて、過失責任についての法律的判断を誤り、無罪たるべき被告人に対し業務上過失傷害罪の成立を認めた点において、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認ないし法令適用の誤りがあるものといわざるを得ない。論旨は理由がある。

よつて、本件控訴は理由があるから、刑訴法三九七条、三八〇条、三八二条により、原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書の規定に従い、さらに、自らつぎのとおり判決する。

本件公訴事実は、本件起訴状記載のとおりであるが、これを認めるに足りる証拠がないから、刑訴法三三六条後段により無罪の言渡しをすべきものとし、主文のとおり判決をする。

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